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2021年度JCERIレポート「観点別評価」と「探究的な学習」が高校教育に大きなインパクトを与えている

溝上慎一(みぞかみ・しんいち)先生顔写真

溝上慎一
(桐蔭学園理事長 桐蔭横浜大学学長)

高校教育の2つのインパクト「観点別評価」と「探究学習」(1/4)

すでに高校教育は変化を始めている

 高校教育は、10年後の2032年を待つまでもなく、すでに変化が始まっているというのが、私の考えです。これまで、大学入試が変わらなければ、結局のところ高校教育は変わらないという意見が多く聞かれました。確かに、新学習指導要領が、単にアクティブラーニングなどを推進するだけであったら、高校教育はそれほど変わらなかったかもしれません。けれども、新しい学習指導要領では、高校に観点別評価が本格的に導入されます。これが高校現場にとっては、きわめて重いことなのです。地域や学校によって温度差はありますが、私の知る限りでは、多くの高校が観点別評価を重くみています。各都道府県で、どのような形で観点別評価をすればいいのか、研修を行っています。現在の状況は大学入試とはほとんど関係のない変化であると言えます。

 ただし私立高校、とりわけ進学実績の高い私立高校は、こうした流れとは一線を画している印象もあります。新しい教育方法を積極的に取り入れている私立高校もありますが、それは以前から独自に実施していた教育方法で、新学習指導要領を反映させたものではないように思います。ですから、一部の高校の動きにばかり着目してしまうと、10年後も高校教育はあまり変化していないように見える可能性はあります。

「探究」をSSHのような活動と捉えるのは危険

 もうひとつ、高校教育に大きなインパクトを与えているのが「探究」です。「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」となり、必履修の扱いとなります。探究の取り組み方については、「調べ学習」の延長線上と捉えている高校と、SSH並みのトップレベルの研究を想定している高校の両極に分かれそうです。実は、私は後者のケースに対して、強い危惧を抱いています。

 もちろん、やる気のある生徒が、たとえば大学の教員と協同で研究を進め、コンテスト入賞や学会発表につなげることを全面的に否定するつもりはありません。SSHではどこかでそれが求められてもいました。けれども、私の専門分野のひとつである「トランジション」の観点から見ると、そうした高校時代の高度な研究が、大学の学びにつながっていない場合が多くあります。高校でロボット、人工知能、自然観察など、学会レベルの活動をしていた生徒が、大学入学後、研究室に入るまでの3年間、それらの研究に取り組むケースはなかったという話を多く聞きました。高校での質の高い取り組みを受け止めるカリキュラム体制が、大学に整えられていないからです。それを指摘し15年以上たちますが、大学側はさほど変わっていませんし、おそらく今後も変わらないような気がします。

 それに「総合的な探究の時間」は、学年単位で見ると最低週1時間(1単位)だけです。力の入れ方によって週2時間にすることは可能ですが、それでも2時間程度です。他の教科の授業も疎かにはできませんし、グローバル教育、STEAM教育、プログラミング教育、人権教育など、高校に降りてきている教育課題が山積しているので、それらを組み合わせて取り組んでいくことが現実的です。こうして探究をSSH並みに実施することは、かなり難しい。つまり、探究をSSHのような活動と決めつけるのは危険で、高校で行えるのはここまでと、線引きをすることが重要になります。

探究活動の具体とICT活用(2/4)

身近な疑問に取り組む中で「探究スキル」を養う

 では、「総合的な探究の時間」は、具体的にどのような組み立てにすればいいのでしょうか。私は文部科学省の探究の説明が的を射ていると考えています。まずは「社会や実生活など、身近なところから自分のテーマを見つけ」、その後は、資料の集め方、客観的な根拠で問題解決を図る姿勢、情報を整理し、まとめる方法、発表の際の表現力など、いわゆる「探究スキル」の基礎を身につけさせることに徹すれば、高校の探究は十分ではないでしょうか。

 身近な疑問となると、生徒は「なぜ自分はモテないのか」「自宅の前に緑が多いのはなぜか」といったテーマを出してきます。そのままではいわゆる「研究」にならないので、教員から「モテるとは何か」と概念提示をさせたり、日本全体のデータを調べさせて緑化政策の研究につなげたりといったファシリテーションをしていく必要があります。生徒が抱いた疑問を基にしつつ、探究の基礎に取り組ませていくことが重要です。

より高度な活動を望む生徒には課外で対応する

 一方で、より高度な活動を志向する生徒もいます。桐蔭学園でも、約1割の生徒は、大学レベルのサイエンスやSDGsなどを、本当に自分の問題意識として、学会レベルの研究に取り組んでいます。そうした研究は、週1時間では無理ですから、本校では課外で対応しています。放課後や長期休暇中に、ゼミ担当の高校教員が、あるいは桐蔭横浜大学医用工学部の教員の協力を得て、一緒にフィールドワークや実験などを行っています。中には、国際学会で英語で発表する生徒もいます。

ICTの活用によって高校教育は大きく変化する

 そのほか、今後の高校教育を変化させる大きな要素になるのが、ICTの活用です。すでに小中学校ではタブレットなどを使った授業が豊かに展開しており、それがアクティブラーニングとも連動しています。また、文部科学省のGIGAスクール構想、経済産業省が提唱するEdTechなど、国の施策も進行しています。そのため、全国の高校の教職員向けの研修では「オンライン授業を単なる新型コロナ禍の非常時対応ぐらいの意識でいると、世界的に遅れを取っていく。ICTの整備・活用を積極的に推進していくべきである」という話を、必ずするようにしています。

大学の現状と大学入試(3/4)

これからの10年で大学はより厳しい状況へ

 次に、10年後の大学入試に話題を移しましょう。少子化と社会の縮小が進行している中、経営危機に陥っている大学は少なくありません。2025年に約120の大学が危ないという試算もあります。そこまで急に多くの大学が倒産するとは思いませんが、10年後ということになると100近くの大学、さらに次の10年で200~300の大学が経営破綻するという状況が、もう現実的になってていると、私は見ています。経営破綻が始まると、負の連鎖が止まらないのではないか、とも思います。

 厳しい状況なのは、首都圏のトップ私立大学でも同じです。いや、むしろより厳しい状況を迎えると言ってもいいかもしれません。一定の受験者数は集められるでしょうが、質の維持が困難になっていくと思われます。

一般選抜の割合はさらに低下する

 そうした厳しい状況になると、早めに入学者を確保するために、当然、総合型・学校推薦型選抜の割合を高める大学が増えます。10年後、20年後には、一般選抜の割合はもう2段階くらい低下すると予想しています。

 この大学入試の変化は、高校教育にも影響を与えます。いま比較的多くの高校が、探究に熱心に取り組もうとしているのは、総合型・学校推薦型選抜において、探究の活動成果を調査書に記載することができるからです。実際に、探究を頑張った生徒は、けっこう合格しているという手応えもあります。「入試のために探究を頑張る」のは、邪に感じられるかもしれません。けれども、探究自体を楽しめるのは、限られたトップ層だけであり、少し邪でも、入試で使えるからという理由で、生徒のやる気を引き出せるのなら、それもひとつの考え方です。探究が必履修になり、活動が盛り上がっていけば、大学側としても、探究をより活用した選抜方式を工夫するのも、実施すべき方法だと思います。

大学入試と高校教育は別物である

 そのほかの大学入試の変化に関しては、共通テストで保留になっている記述式などが復活する可能性はありますが、たいした変化ではありません。総合的には、少なくとも一般選抜は、いまの延長線上のままと私は考えています。

 そもそも、大学入試と高校教育は「別物」というのが、私の持論です。もちろん、大学入試を突破するためには、出題パターンを把握して、類似問題を解きまくるなど、対策が必要になります。生徒には「それが高3生の『お勤め』のようなものだ」と話しています。だからといって高校は、大学入試のために教育課程を編成しているわけでもありません。大学入試がどうなろうと、本校で必要と考える教育は堅持しますし、もし大学入試が変わったとしても、十分に対応できると思っています。

まとめ

 以上見てきたように、新学習指導要領に示された「観点別評価」「探究的な学習」などによって、高校は構造的な改革に取り組まざるを得ない状況にあります。そして、全体としては、それなりに望ましい方向に進んでいるという印象を持っています。

 その上で、ひとつ提言しておきたいのは、今後は高校も大学も、もっとミドル層の教育に目を向けるべきだということです。いずれ労働市場のボリュームゾーンを担っていく層だからです。実際、桐蔭学園では、大学、中学・高校ともに、ミドル層の教育に力を入れ始めています。ミドル層をトップ層とは異なる次元で活躍できるようにするには、どうすれば良いのか。その議論が起こらないようでは、日本の未来は暗いと言わざるを得ないでしょう。



溝上慎一(みぞかみ・しんいち)
 学校法人桐蔭学園 理事長、桐蔭横浜大学 学長・教授、学校法人河合塾 教育研究開発本部 研究顧問。京都大学博士(教育学)。専門は、青年心理学、教育実践研究(学びと成長、アクティブラーニング、学校から仕事・社会へのトランジションなど)。教育研究開発部が2013年から進めている「学校と社会をつなぐ調査」に中心的に携わる。政府の教育再生実行会議では、「ポストコロナ期を見据えたニューノーマルにおける新たな学び」(初等中等教育WG、令和2年9月24日)、「教育のデジタル化を進める上での教育現場の課題」(デジタル化タスクフォース、令和2年12月1日)を報告。文部科学省 大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ(Scheem-D)ステアリング・コミッティ委員座長も務める。

※所属・役職は2022年3月時点のもの

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