大学教育の研究大学の初年次教育調査
調査背景・目的
大学を取りまく状況の変容。重視される大学の「初年次教育」
近年、大学の学びに適応できない学生が増加し、全国の大学で問題となっています。背景には大学の大衆化・ユニバーサル化により、これまでは大学に入学してこなかった層が大量に大学に進学するようになったことだけでなく、家庭・地域教育の変容など多様な要因があると考えられます。そこで、学生の適応不全への包括的な対応として重視されているのが、大学入学後の最初の1年間の教育、すなわち「初年次教育」です。
河合塾では、これまで受験生や高校・保護者の大学選びの指針の一つとして「大学の教育力」に着目すべきだと訴えてきました。その「大学の教育力」を調査するためには、この「初年次教育」が鍵となるのではないかという仮説を立てました。入学してくる学生の変化に大学・学部としてどう対応しようとするのかは、教育力の差が最も表出するポイントだと考えたからです。
大学での学びに必要なスタディスキルや、大学生活で必要なスチューデントスキルの習得に焦点を当てた初年次教育調査はこれまでにも行われてきましたが、本調査では、学生の態度転換と自立化を問題とし、それをすべての学生に保証しているかを、全大学を俯瞰しつつ問うた点に独自性があります。
調査対象
なぜ初年次教育調査で大学の教育力が分かるのか?
受動的な学習から能動的・自律的な学習への転換を促す取り組みをみるために、大学の正課のカリキュラムとして組み込まれている「初年次ゼミ」を中心に調査しました。
なぜ「初年次ゼミ」を対象としたのでしょうか?それは、能動的・自律的な学習への転換は双方向的、協働的な活動を通して身につき、それを繰り返し体験させる場面の多くは正課の「初年次ゼミ」に組み込まれていると考えたからです。
高校までの学びは「XはYである」という形の命題を暗記することを中心とした命題知の学習です。これに対して、実際の社会で求められるのは、命題知のみでなく、命題知を基礎にした実践知・活用知です。
命題知を覚えるだけでは何の役にも立ちません。社会の中で実際に活用すべき知へと変容させていくことが、大学の教育には求められているはずです。命題知を得るための学習は、受動的に講義を聴くことでも実現されますが、実践知・活用知を身に着けるための学習は、一方的な講義によっては実現しえません。何らかの協働体に参加し、実践的に活動することにおいて身につく能力です。従って、初年次教育は、必然的に能動的な学習態度を促すような取り組みの中で具現化されなければならないはずだと考えます。
調査方法
評価の視点
本調査では、初年次教育に求められることを下記の3つの視点で捉え、調査を実施しました。
- 評価の視点A:高校までの命題知の暗記型学習から、大学で求められる実践知・活用知への学びの転換。
受動的な学びから能動的な学びへの態度転換。 - 評価の視点B:学生が自立的にPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを回していけるように
自律・自立化を促していること。 - 評価の視点C:そうした転換をもたらす初年次教育をすべての学生に一定レベルで保証していること。
調査手順は、「初年次教育アンケート(質問紙)調査の実施」→「アンケート(質問紙)結果のポイント化」→「ポイント上位大学・学部の訪問ヒアリング」→「訪問大学・学部の実地評価」です。
「初年次教育アンケート」は2009年4月に全国の1,999学部の学部長を対象に発送し、10月までに1,092学部(一部学科、全学機構を含む)からの回答を得ました。
- アンケート回答期間=2009年4月中旬発送、2009年10月下旬までに回答のあったもの
- アンケート発送件数=1,999件
- アンケート回収件数=1,092件(※一部学科、全学機構からの回答も含む)
- アンケート回収率=54.6%
本アンケート調査の分析に当たっては、大学のセグメント化を行いました。属性としては以下の4点です。
- 学系別傾向
- 学部の規模別傾向
- 難易度別傾向
- 設立区分別(国公私立)の傾向
そして、アンケートのポイント化をもとにしたセグメント別の傾向分析を行うとともに、各質問項目でのセグメント別の回答数と回答比率を比較することで、傾向分析を試みました。
しかし、アンケート調査から全体的な傾向を捉えることはできたものの、どのような優れた初年次教育が行われているかの、具体的なグッドプラックティスの在り方までは把握することができませんでした。そこで、ポイントの高い大学を中心に、32大学・35学部の訪問ヒアリング調査を行うことで、明らかにすることにしました。
詳しい調査項目をご確認いただけます。
調査報告
1) シンポジウムの開催
調査報告書などをご覧いただけます。
2) 書籍の発行
いま、大学で初年次教育の在り方が大きな問題となっています。高校までの受動的な暗記型教育から、大学で求められる能動的な学習への転換の難しさが、学習意欲・目的意識のない学生を生み出しているからです。 本書は、河合塾が総力を挙げ実施した「全国大学初年次教育調査」の結果分析に基づき、進んだ大学の取り組みを詳細に紹介。各方面の研究者による、今後の課題を提示する示唆に富んだ問題提起も収録しています。 2010年6月刊行