未来のマナビフェス2018 実施報告vol.3基調講演「2030年の学び 世界の議論、日本の動向」
『OECD Future of Education and Skill 2030』
登壇者:田熊美保(OECD)
基調講演は「2030年の学び 世界の議論、日本の動向」をテーマに、文部科学省初等中等教育局教育課程課教育課程企画室長の白井俊氏とOECD(Organization for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)シニアアナリストの田熊美保氏の2人が登壇した。
田熊 美保 氏(OECD)
基調講演で2人目に登壇したのは、OECDシニアアナリストの田熊美保氏。田熊氏は白井氏がOECDに出向していた時の同僚でもある。白井氏の講演を受け、2030年の社会変革に向けて参加者に持ち帰ってほしいキーワードとして、以下の3つを提示した。
- ニューノーマル(新常態)
- Student Agency
- OECDキー・コンピテンシー2.0(社会変革コンピテンシー)
変動し、不確実で、複雑で、曖昧な世界で人にしかできない能力を育成する
これらのキーワードが重要になった背景として、2030年に向けてますますVUCAな世界が到来しつつあることを田熊氏は示す。VUCAとは最近よく使われるようになった言葉で、VOLATILE(変動)、UNCERTAIN(不確実)、COMPLEX(複雑)、AMBIGUOUS(曖昧)という4つの単語の頭文字をとったものであるが、どの単語も一昔前に信じられていたような、直線的で確実そうに見えた社会の在り方とは根本的に異なっている。
そのような世界では、人に教えるのが簡単なこと、即ちパターンが決まっていてマニュアル化できることは次第に自動化・デジタル化・外注化されていく。また、たとえ知的な仕事であっても、文献調査のようにルーティン化できるものはやはりデジタル化されて、人の仕事としては減少していくだろうと指摘する。
そのような世界にあっても減少しないのはルーティン化されない仕事であり、ある背景では正しいが、異なる背景では誤っているというような、複雑な判断が求められる仕事だと田熊氏は語る。
例えば、次のような問題をAIは解決できない。
地球温暖化問題をAIは「自分ごと」として捉えることができない。だから解決することはできない。
移民は発展途上国から先進国へ向かっており、その向かった先の先進国では移民を包括して新しい国をつくるための教育が必要だが、それをAIは考え出すことができない。
所得格差の根源的な解決を考えるのも、人間にしかできないことだ。都市問題や過疎化の問題を多面的に考えられるのも人間だけであり、テロ問題についても国家のセキュリティ、サイバーセキュリティを構築できるのも人間だけである。
つまり、こうした複雑な問題について取り組み、考え、解を導きだすことができる人の育成こそが、2030年に向かってのこれからの時代の課題なのである。
現在とは対照的なニューノーマルな社会を一人ひとりの行動で実現することの重要性
こうした背景を踏まえたうえで、田熊氏はまず「ニューノーマル」について、現在の在り方と対比させつつ次のように語る。「ニューノーマル」とは、もともと経済で使われる「世界経済は2008年のリーマンショックから回復しても、それ以前の状態には戻れない」という見方から生まれた言葉で、「新たな常識・状態」とも訳される。
ニューノーマルでは、現在の教育制度はエコシステムの一環としての教育制度になっていく。分業は共有責任に変わっていく。現在の直線的カリキュラムは、子どもの発達が直線的ではないことに合わせた複線的で柔軟なカリキュラムに変わっていく。そして、説明責任は単なる説明ではなく質の改善を伴ったものに、現在の学力重視の考え方は、学力+学生の生活の質=Well-Beingに変わり、一律な学力評価は異なる評価目的による質的評価へと変化していく必要がある。
しかも大切なことは、このようなニューノーマルは自然にやってくるのではなく、一人ひとりが行動して実現していかなければならない。そのように、田熊氏は強調する。
ところで、このようなニューノーマルを導く未来の教育ビジョンの創出のためのOECDの新しいアプローチには、一部の専門家だけが参加しているのではない。各国政府、研究者、教員、NGO、生徒・学生などの国際マルチステークホルダーが参加しているのが特徴であるとの紹介があった。
「OECD東北スクールプロジェクト」参加生徒に見られた「Student Agency」
田熊氏は語る。「Student Agency」は、世の中に変化を起こす力を持った主体のことである。そして、それは一人で育まれるのではなく、他者との関係性の中で育まれる。つまりCo-Agencyの考え方が重要であり、Co-Agencyの実現に不可欠なのは「信頼」である。さらに、必要な要素として「目的意識」「希望」「アイデンティティーの確立」「モチベーション(学習意欲・社会変革意欲)」「自己効用感」 などが挙げられる。
そしてStudent Agencyが発揮された具体例として、田熊氏は「OECD東北スクールプロジェクト」を紹介する。これは、東日本大震災後の東北の復興をサポートするため、OECDが福島大学や被災地の地方自治体と連携して実施したもので、子どもたちの復興への参画とグローバル人材育成を目的とした教育プログラムであり、現在では後継プロジェクト「地方創生イノベーションスクール2030」へと引き継がれている。
その東北スクールプロジェクトになぜ参加したかを生徒に問うと、「世界に感謝の気持ちを発信するとともに、自分たちが責任を持った大人へと成長し、日本を活性化させるため」という答えが返ってくる。ここに込められている目的意識こそがStudent Agencyそのものであると田熊氏は指摘する。
では、このStudent Agencyは教科の中で育むことができるのだろうか。「できる」という確信に基づいて、OECDは世界の教育現場から事例を募集しており、実際に多くの事例が集まってきている。その上で日本からの多くの事例提出に期待していると田熊氏は呼びかけた。
「キー・コンピテンシー2.0」育成のためにOECDプロジェクトに参画を
3つのキーワードの最後は、「OECDキー・コンピテンシー2.0」である。これは、社会を変革するコンピテンシーのことであり、「新たな価値を創造する」「責任をとる」「緊張や葛藤の折り合いをつける」の3つで構成されている。OECDによってこのキー・コンピテンシー2.0が提唱されるにいたったのは、それまで提唱されてきたキー・コンピテンシーには社会変革に向けての資質能力としては欠けているものが大きい、という認識が共有されたからである。
そしてこうしたコンピテンシーを身につけるためには、「行動する力」「振り返る力」「先を読む力」という発達サイクルが機能する必要があることも田熊氏は指摘する。
その上で、こうした「ニューノーマル(新常態)」「Student Agency」「OECDキー・コンピテンシー2.0(社会変革コンピテンシー)」という3つのキーワードで示されるのが、2030年に向けて求められる教育の姿であり、それはこの会場にいる参加者の行動にもかかっているのだという点が改めて強調された。そして、未来を共同で創造するOECDプロジェクトへの日本の行政官・研究者・実践者・生徒当事者の参画に期待すると締めくくった。
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