未来のマナビフェス2018 実施報告vol.5テーマセッション【トランジション】
「生徒学生を学び育てるトランジション方略-〈変わらない〉から〈変える〉へ」
登壇者:溝上慎一(京都大学)
プログラムの5番目は、【トランジション】【アクティブラーニング】【キャリア教育】【評価・カリキュラム】という4つのテーマに分かれたテーマセッションである。【トランジション】をテーマにしたセッションは京都大学の溝上慎一教授が担当し、会場からの質問や意見に応える形で進められた。
小・中学校の先生は接続を意識しているか?
溝上 慎一 先生(京都大学)
まず会場から「小学校、中学校、高校の先生は接続を意識しているのか?」という質問が出される。これに対し溝上教授は「高校の先生は意識しています。中学校では中高一貫校や私立学校の先生は意識していますが、公立中学はあまり意識していません。また小学校もあまり意識していません」と、自ら各学校を見て回った経験から答える。
では大学はどうか。大学の4年間で成長する学生は一般に思われているよりも少ないという現実が紹介される。成績の伸びよりも、資質・能力を伸ばせる学生が少ないのである。それは2013年から河合塾と行っている「学校と社会をつなぐ調査」において、高校2年から大学2年までの3年間で5割から6割の学生しか変化していないという現状からも明らかだと溝上教授は指摘する。自分で課題に真剣に取り組みレポートや発表をするという、主体的・能動的な学びができるようになる姿も、高校時の姿に大きな影響を受けている。
大学の授業で、アクティブラーニングが多く導入されるようになったにもかかわらず、学生はあまり成長していない。それ以前の高校に入ってくる段階で、すでに生徒の「できる」「できない」が明確になっており、それ以降、固定化される傾向が見られる。であるならば、小・中学校の教育がカギになるが、小・中学校の先生方の多くはそのことをあまり意識していない。そこにも大きな問題があると溝上教授は指摘する。
アクティブラーニング導入にいたる経緯 アクティブラーニングが必要とされる理由
続いてアクティブラーニング導入の背景が説明される。アメリカでは1960年代から大衆化が進み、1980年代に大きな大学教育革新が断行された。入学する学生の質が変化し、大学教育への準備ができていない学生が大量に生まれていたからである。当然、一方的な講義を聴くというマインドセットも弱くなったため、そのような事態への対応としてアクティブラーニングが始まったという経緯がある。
日本の大学教育ではアメリカから遅れてアクティブラーニングへの取り組みが始まった。そして2010年からの河合塾の「大学のアクティブラーニング調査」が普及のテコになり、2012年の中央教育審議会「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~(答申)」を経て、現在のようにアクティブラーニングの導入が一般化するにいたっている。
また初等中等教育では古くから「参加型学習」をおこなっていたが、現在の「主体的・対話的で深い学び」を通じて、学力の3要素のうち「知識・技能」だけではなく、「思考力・判断力・表現力」や「主体性・多様性・協働性」などの資質・能力を育てるアクティブラーニングに発展してきた。
このように日本でも導入が一般化してきたアクティブラーニングだが、そこに不可欠なのは学んだことの「外化」である。「外化」すなわちアウトプットを伴わないアクティブラーニングは、アクティブラーニングではないと言っても過言ではない。外化とは「書く」ことだけではない。他者や集団に向かって話したり発表したりすることも「外化」であり、大学でも1年生からグループワークを行い、そこで議論する機会を設ける必要がある。つまり旧来の大学教育では、3年生や4年生のゼミや卒業論文・卒業研究になって本格的にグループワークや議論がおこなわれていたわけだが、それを1年生の段階から始める必要があると溝上教授は指摘する。
なぜなら、「外化」は「深い学び」につながるだけでなく、異なる視点を理解するという学習の社会化=ソーシャルラーニング(Social learning) でもあり、仕事・社会につなげていく役割を担っているからである。
そのためにも、大学では講義科目を含むすべての科目の中にアクティブラーニングを導入し、高校でも総合的な学習の時間だけでなく教科の授業の2~3割をアクティブラーニングにしていくべきだと強調する。
授業から見えるアクティブラーニングの課題 小・中学校も含めて考えていくことが重要
実際の授業をめぐる応答では、ある学校のアクティブラーニング型授業の写真を示しながら、溝上教授は次のように語る。
「生徒の心と体が授業に向いていないと、いくらアクティブラーニングを導入しても効果が上がりません」
そうなってしまってから前を向けと言っても効果がないし、あからさまに参加しない生徒も出てくる。生徒学生がしらけて参加しないアクティブラーニング型授業は成立しないが、そうした授業が多くの高校や大学でおこなわれていると指摘する。 そして、このことをもって「だからアクティブラーニングはダメで講義の方がよい」という教員も少なくないという現状がある。
確かに、講義であれば生徒はノートをとっているし、先生の話を聴いているように見える。しかし生徒はそこで頭を使っているわけではなく、板書されたものを写しているだけなのである。
このように授業を詳しく見ていくと、厳しい現状と課題がたくさん見えてくる。そして、成績上位の子どもたちだけでなく、中・下位の子どもたちの能力を伸ばしていく方法を開発していかなければ、人口減少社会の日本は厳しいことになると溝上教授は語る。
またこうした高校や大学での授業の現状について、小・中学校の教育も影響しているのではないかと指摘する。小学校では、アクティブラーニングの授業が多く行われており、授業も見事だったりするが、グループワークをしても活発に話しているのは2人くらいで、あとの児童は聞いているだけだったりすることも多い。そうした時に、聞いているだけの児童たちは置き去りになっていないのだろうか。資質・能力を育てていくことが課題になっているが、そういうところまで含めて今後は考えていくことが必要ではないか、と溝上教授は参加者に問いかけた。
成長する人のキャリア意識は高い
学校から社会への接続については、2000年ごろからうまくいかなくなり、トランジション(移行)という言葉が使われるようになったと溝上教授は指摘する。
「学校と社会をつなぐ調査」から判明しているのは、成長する人のキャリア意識は高いということである。キャリア意識が低いと、学生の科目の選び方も意識の高い学生と異なってくる。単位を取りやすい楽勝科目ばかりになるのである。
最後に、溝上教授はキャリア教育の構造を(1)キャリアデザイン、(2)資質・能力、(3)社会性の3者の関連で説明し、その上で資質・能力を育てるのは正課教育と正課外の双方であることを指摘しつつ、次の点に注意を促した。
すなわち部活のリーダーシップは経験レベルで行われており、授業での議論は概念レベルで行われる。実際の仕事・社会では経験と概念の両方のレベルが求められる。これをいかに組み合わせつつ学校で育成するかが重要になる、と。
このように、このセッションは会場と双方向的かつ多面的にトランジション方略を考察する時間となった。
※本文中の所属・役職などは開催当時のもの
※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。