2020年度 第5回 対話のひろば 実施レポート高大接続と多面的評価
2021年1月11日 実施
2020年度対話のひろば第5回は「高大接続と多面的評価」をテーマに、約130名の参加で2021年1月11日にオンラインで開催された。
1人目の話題提供者は東京大学大学院教育学研究科 教授の中村 高康(なかむら・たかやす)先生。2人目の話題提供者は佐賀大学 教授・アドミッションセンター長の西郡 大(にしごおり・だい)先生。当日は、2回の話題提供と参加者同士の対話・質疑応答、さらに両先生の対談(司会は都留文科大学国際教育学科 講師の山辺恵理子先生)が行われ、熱い議論が繰り広げられた。以下、当日の様子をレポートする。
プログラム ※所属・役職は開催当時のもの
- 話題提供1 あらためて高大接続とは 東京大学大学院教育学研究科教授 中村高康先生
- ◆ 参加者同士の対話 1 「大学入試を変えることで高校教育を変えようとすることをどう思う?」
- 話題提供2 多面的評価の実践から見えるもの 佐賀大学教授・アドミッションセンター長 西郡大先生
- ◆ 参加者同士の対話 2 「従来型入試と学力の3要素すべてを重視した入試とのバランス」
- 対談
- 中村 高康 先生 × 西郡 大 先生 司会 都留文科大学国際教育学科講師 山辺恵理子先生
話題提供1 あらためて高大接続とは 東京大学大学院教育学研究科教授 中村高康先生
高大接続を、試験選抜の問題ではなく、教育接続の問題としてもう一度捉え直すべき
東京大学大学院教育学研究科教授 中村高康先生
高大接続改革の議論では、知識・技能、思考力・判断力・表現力、主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度(以下、主体性)といった「学力の3要素」を高校でしっかりと育成し、大学入試でもアドミッション・ポリシー(以下、AP)に基づき学力の3要素を多面的・総合的に評価して、大学でも伸ばしていくとされている。高校教育、大学入試、大学教育を、学力の3要素という“3本爪フォーク”で突き刺すようなイメージである。しかし、このような高大接続改革のイメージに納得できない、と中村先生は語る。
本来の高大接続の議論には、学力の3要素は全く関係しない。
本来の論点は次の3つである。
- 普通教育と専門教育(本質的困難)
- 教育拡大による変化(時代的困難)
- 選抜構造の社会間の差異(社会的困難)
- 普通教育と専門教育(本質的困難)
高校における普通教育と大学における専門教育のつなぎ目にあるのが大学入試であり、目的が異なるため両方を満たす入試は本質的に作りにくいという議論である。音楽大学や体育大学の例が顕著だが、大学は専門教育に必要なことを入試に課す以外にない。それを、無理にあらゆる入試で学力の3要素を評価するとなると、高校の負担増にもつながってしまうという問題だ。 - 教育拡大による変化(時代的困難)
大学進学率の上昇で、従来とは異なる学力層が大学に入ってきているという時代的困難の問題である。その結果、推薦入試(学校推薦型選抜)やAO入試(総合型選抜)が近年拡大普及し、入学後に大学の教育に学生がついてこれなくなるという問題が生じている。 - 選抜構造の社会間の差異(社会的困難)
諸外国の優れた仕組みを参考にしようとしても、社会の全体像を見なければわからない、という社会的困難の問題だ。例えばフランスのバカロレアは中等教育修了試験で、これに合格するとどこの大学でも入学することができる。そのことは日本でも広く知られているが、初等中等教育段階での高い留年率のことや、難易度が高い「グランゼコール」というエリート校の入試があることも知られていない。
このような高大接続の本質的議論を踏まえると、政策側のトップダウンで現在進められている高大接続改革は非現実的だと言わざるを得ない。むしろ、これからの高大接続を、試験選抜の問題ではなく、教育接続の問題としてもう一度捉え直すべきではないか。リメディアル教育や初年次教育など各大学で共通化できることを、高大接続センター(仮称)を設けて担わせたりすることも有効ではないか、と中村先生は提案する。
また、「試験のあるところに対策あり」と言われるが、とりわけ主体性評価については考える必要があるのではないか。
-参加者同士の対話 1 「大学入試を変えることで高校教育を変えようとすることをどう思う?」-
対話は4~5名のグループに分かれて行われた。1回目の対話のテーマは「大学入試を変えることで高校教育を変えようとすることは、良いこと(やむを得ない)か、どう思うか」である。あるグループでは次のような議論が行われていた。
- 大学教員である個人として、大学入試で高校教育を変えるという理屈には反対。高校は高校の、大学は大学の教育をすればよい。
- 今の大学入試が大学教育の中身を反映しているか、という問題もある。また、高校では、行政側のトップダウンで探究活動が行われるようになり、事実として高校教育が変わってきているが、大学入試がそれに対応していないという面もあるのではないか。
話題提供2 多面的評価の実践から見えるもの 佐賀大学教授・アドミッションセンター長 西郡大先生
大学の主体的な問題意識を起点とした入試改革であるべき
佐賀大学教授・アドミッションセンター長 西郡大先生
まず、大学は改革の成功イメージを持っているのか、ということから話が始まる。大学主導の改革では、問題意識のもとで、改革が行われ、成功するというイメージがあるのに対して、文部科学省など政策主導では、「改革しなさい」という指示のもとで始まるところに、成功のイメージが描けない根本的な理由があるのではないか、という問題提起だ。
<図1>改革の成功イメージを大学は持っているか?
そして、一般選抜と主体性評価は、最も実施が困難な組み合わせだと指摘する。
理由は、受験生が多いにもかかわらず、評価期間が十分ではないからである。しかも主体性は人によって捉え方が多様で、定義・評価基準を一律化すると、“金太郎あめ”のように同じような主体性を持つ合格者だけが入学してくる懸念もあり、それは多様な学生を受け入れたいと考える大学にとって本意ではない。
自分の立場としては、一般選抜における(特に一律的な)主体性評価には慎重であるべきと考えている。自大学の課題解決に向けて建設的に制度を検討すべきであり、大学教育改革を起点とした入試改革であるべきだ、と西郡先生は語る。
そこで、佐賀大学では、一般選抜で学力以外の側面をみる評価として、2021年度入試から医学部を除く全学部で「特色加点制度」を導入した。
その仕組みは、まず大学入学共通テストと個別試験の配点とは別に、志願者のうち必要書類を提出した申請者だけに、最大で総合得点の3%程度までを加点するものだ。評価対象は、高校時代の活動の実績に加え、その活動が佐賀大学のAPや入学後の学習といかに関連しているかについて記述した内容である。活動実績報告というよりも、過去の行動事実を踏まえた“志望理由書”に近いイメージである。
そして志願者はこれらの内容を、動画やPDF資料等も添付して多面的評価支援システム「J-Bridge System」を使ってWeb上で記入し、評価者もWeb上で評価を行う。
<図2>特色加点制度の内容
この制度の特色は、合否のボーダー層にいる受験生の判定にのみ活用するという点だ。学力試験での1~2点の差では意味のある学力差とは考えられないため、別の指標として書類審査を加えて入学者を選抜するのである。
特に、受験生が高校時代を振り返って言語化し、佐賀大学のAPや入学後の学びについて調べ理解し、どう活かせるかを記述することで、受験生の志望動機と大学での学びのミスマッチの解消につながっている意義が大きいと、西郡先生は語る。
実際、この特色加点制度申請者は入学手続き率、学業成績、APへの理解、自律性・リーダーシップ等において、未申請者よりも高い結果を示していると言う。
<図3>合否ボーダー層とは、どの部分か?
そして、最後に参加者の対話のテーマとして、次の問いを参加者に投げかけた。
知識偏重入試への批判から学力の3要素すべてを重視した入試へ改革すると、厳密な評価基準により能力・資質等が均質化してしまう。一方、均質化を避けたい要素は評価対象から外すとなると、学力検査を中心とした従来型の入試へと揺り戻し、ということに陥りかねない。この同じ議論の繰り返しを避けるために、従来型入試と学力の3要素すべてを重視した入試とのバランスをいかにとるべきなのか。
<図4>さいごに:入試改革における問題提起
-参加者同士の対話 2 「従来型入試と学力の3要素すべてを重視した入試とのバランス」-
あるグループでは次のような意見が出された。
- 一般選抜では主体性評価は行わず、学校推薦型・総合型選抜では行うというバランスを取るべき。
- 多様性確保のためにも、同じ集団を同じ仕組みで評価することを問い直すべき。生徒を類型に分けて、特性に応じた評価方法を採用すべきである。
- 学力中心の入試では1点刻みの厳正さは、努力した生徒への正当な評価。総合型や学校推薦型選抜と分けて考えるべきではないか。
- 現在の1年生や2年生はコロナ禍で部活動や学年行事にも参加できていない。その生徒たちの多面的評価がどうなるかが心配だ。
対談 中村 高康先生 × 西郡 大先生 司会・山辺恵理子先生
「多様な選抜の併存という視点が大切ではないか」
対談では、まず中村先生・西郡先生がお互いの発表内容について質疑応答を行い、その後、参加者からチャットに寄せられた多様な質問に両先生が回答していった。
中村先生の「大学入試が高校生の活動の過度な動機付けとなってしまうことが気になるが、佐賀大学の特色加点制度は、受験生の活動へどのような影響があったのか」という質問について、西郡先生は「現状では、受験生や高校の先生にはオプション的な制度として捉えられ、過度な動機付けにはなっていないと思う。私たちは、大学入学後に何を学ぶか、今までやってきたことの何を活かせるのかを受験生に考えてほしいと考えた。高校の先生方にもそのことを意識して指導してほしいと考えている。また、今後、この制度が浸透してきた際は、見直すことも必要で、追跡調査をして、いろいろな意見を聞いて改善していきたい」と答えた。
一方、西郡先生の「先生の著書で述べられている『メリトクラシーの再帰性(※)』の観点から見ると、多面的・総合的評価による選抜はどう捉えられるのか」という質問について、中村先生は「(求められる)能力を明確に定義すること、能力を正確に測定することは不可能と考えている。したがって、選抜のためには(上から)特定の基準を決めるしかなく、少し経つとその決めたことに対して、また疑問が生じて、常に改革が求められるのではないか。あるいは、コミュニケーション能力や学力の3要素などの、誰も否定できないが曖昧な定義に頼るしかなく、当たり前のことを求めるしかない。しかし、それらを選抜で用いることで大学は何が達成出来るのか、何が生まれるのかがわからない。自分としては、佐賀大の例のように、部分的であってもできることから少しずつ着手するしかないのではないかと考えている」と答えた。
参加者からの質問では、特に佐賀大学の特色加点制度に関する具体的な質問が多く、この制度への関心の高さが感じられた。
最後に、中村先生は「これまでは入試改革に反対する立場からの講演が多かったが、今日はその時の雰囲気とは違って、前向きに何とかしていこうという意見や雰囲気が参加者から感じられて、学ぶ所があった」。また、西郡先生は「今回は改めて推薦・AO入試の意義を問い直す機会になった。一般選抜が軸という視点からの議論ではなく、多様な選抜の併存という視点が大切だと感じた」と締めくくった。
※メリトクラシーの再帰性
能力主義(メリトクラシー)に本来的に備わっている、自己反省的な性質のこと。能力を測ることは容易ではないが、社会的必要からその理念・基準を決めている一方で、その理念・基準は正しいか常に反省的に問い直され、批判される性質(再帰性)をもつことをいう。
詳細は、東京大学教員の著作を著者自らが語る広場「UTokyo BiblioPlaza-暴走する能力主義」参照。
※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。