未来のマナビフェス2018 実施報告vol.8テーマセッション【評価・カリキュラム】
「これからのカリキュラムと評価 -〈資質・能力の3つの柱〉を見直す-」
登壇者:松下佳代(京都大学)
不確実性が高まる近年、教育界では資質・能力への注目が高まっており、文部科学省も「資質・能力の3つの柱」という形で目標を示してきた。「資質・能力の3つの柱」は数多くの資質・能力論を整理して作られたCCRのフレームワークを理論的根拠としているが、果たしてその内容は適切なのか。またこうした資質・能力は、いかなる授業を通して育成できるのか。これらの議論を踏まえ、最後にパフォーマンス評価のあり方と評価の意義について語られた。
「資質・能力の3つの柱」を見直す
松下 佳代 先生(京都大学)
世界的にみれば1990年代以降、日本でも2000年以降、資質・能力(コンピテンシー)への注目が高まってきた。その理由として挙げられるのは、「生き方の定番」を念頭に置いて生きていくことが難しくなってしまったことである。これに伴い、大学を含む教育段階全般で、それまで最も重要とされてきた「知っていること(knowing)」に加え、「できること(doing)」と「かかわること(being)」の3つの力をつけることが求められるようになった。
日本では、2006年の教育基本法改正で「資質」という語が登場し、2007年の学校教育法改正で「学力の3要素」が示され、これらが統合・拡張されて2017年の学習指導要領改訂で「資質・能力の3つの柱」として示されるに至った。
「資質・能力の3つの柱」の理論的根拠として、カリキュラム・リデザイン・センター(CCR)の提唱する「4 次元の教育」のフレームワーク(以下CCRフレームワーク)がある。
<図表1>CCRフレームワークと資質・能力の3つの柱の関係
この4次元とは、K(Knowledge:知識)、S(Skill:スキル)、A(Attitudes:態度)の基本的なKSAモデルの3つの次元に、4つめの次元としてメタ学習を加えたものだ。このメタ学習は、社会の変化に対して、これまでの自分の学びを省察し(メタ認知)、それをどう作り変えて成長していくのか(成長的マインドセット)という観点のもと、加えられた次元である。
松下教授は、「CCRフレームワークは、日本・OECD政策対話などを通してわが国の教育政策にも取り入れられ、『資質・能力の 3 つの柱』の理論的根拠として機能している」とした上で、「4次元」が<図表1>のように「3つの柱」にまとめられたことには無理があるという。
松下教授が「資質・能力の3つの柱」には無理があると実感したのは、自身がアドバイザーを務めている高槻中学校・高等学校で、2017年度に全教科の長期的ルーブリックの作成に取り組んだ時であるという。
当初、「資質・能力の3つの柱」にそって、学年ごとに「資質」「能力(=思考力・判断力・表現力等)」と「知識・技能」それぞれについての到達目標を設定するルーブリックをめざした。しかし作業を開始して間もなく、先生方から、「技能」と「思考力・判断力・表現力」の区別がしづらいという声が上がった(例えば、英語の先生方からは、4技能が仮に「技能」だとすれば「思考力・判断力・表現力」に何が残るのか、という疑問が出された)。そこで、能力(スキル)と知識に分けてそれぞれのルーブリックを設定するということに方針転換したところ、うまくいったという。
そうした経験から、松下教授は、「資質・能力の3つの柱」に対して、OECD Education 2030を下敷きにした下のようなモデル<図表2>を提案した。
<図表2>「資質・能力」のモデル
※OECD (2016) Global competency for an inclusive world, p. 2をもとに河合塾作成
このモデルのポイントは、思考力・判断力・表現力を知識、スキル、態度・価値観とは別の平面に置き、省察を働かせながらそれらを結集して対象世界や他者とかかわり行為する能力(コンピテンシー)の一例とした点にある、という。
これからのカリキュラム-知識とスキルをつなぐ-
では、こうした資質・能力が求められる社会において、学校教育に求められることとはどのようなことだろうか。松下教授は、「学習とはフォーマルだけでなくインフォーマルにおいても為されることである」とした上で、
- これからの社会に参加し、これからの社会をともに創っていくための基礎を培うということ
- 教育機関で基礎的なことを学んだ後も、生涯にわたって学び続ける人(life-long learner)を育てること
の2点を重要な点として挙げている。
こうしたこれからのカリキュラムと評価を体系的に示した代表例として、国際バカロレア(IB)がある。このカリキュラムの特徴は、資質・能力の観点から次の3点によって説明することができる。
第1に、知識の観点では、概念に基づいたカリキュラムになっているということ、第2に、スキルの観点では、探究に基づいたカリキュラムになっているということ、そして第3に、態度・価値観の観点では、IBが価値を置く人間性として学習者像(10の人物像)を示しているということである。注意しておきたいのは、この学習者像はあくまで育成の方向目標であって、それ自体に基づいて評価するというわけではないということだ。松下教授自身も、こうした態度・価値観は評価するには適さないという。
では、日本の一般的な学校でこうした知識とスキルをつなぐような教育は、どうすれば実践できるのか。
松下教授はコンピテンシーを育成する活動として、論証を通じた学習を提案した。論証(アーギュメンテーション=対話型立論・論証)は、知識(事実−概念)とスキルを結びつけて、思考・判断・表現を行う活動として適しており、教科横断的なヨコの広がりや、高校・大学・社会といったタテのつながりをもちうる。今回の学習指導要領改訂のポイントにも、この論証にかかわるものがさまざまな教科に盛り込まれている。
こうした論証を授業に取り入れるにあたっては、思考ツールとして「論証モデル」や「三角ロジック」を活用することが有効であるという。
松下教授は、これらのツールを利用するメリットとして、
- さまざまな教科・分野で使える
- さまざまな学校段階で使える
- コンピテンシー(スキル)だけでなく、コンテンツ(内容知識)も包含できる
- シンプルである(単なるプレゼンテーション・ツールではなく、メンタルモデルになる)
- 教員が使うだけでなく、生徒・学生自身のツールになる
といったことを挙げている。松下教授はこうした論証を授業に取り入れた、中学校、高校、そして大学での事例を紹介した。
これからの評価
松下教授は学習評価を4つのタイプに整理しており、「評価のタイプによって性格が異なるので、そうした性格の違いを踏まえて使い分けることが重要である」と指摘する。
パフォーマンス評価は、ルーブリックを使ってパフォーマンスを評価する方法として、近年特に注目されている。学習者がもつ能力そのものは観察することができないので、学習者が自分の能力を発揮して課題に取り組み、それによって可視化されたパフォーマンス(作品・実演)を、評価基準であるルーブリックを通して評価者が解釈し評価するのがパフォーマンス評価である。
しかし、このパフォーマンス評価は労力のかかる評価方法であり、すべての学習をパフォーマンス評価で評価することは難しい。そうしたことから、松下教授は「実行可能性はどうか、他の評価方法とどう組み合わせるかを考えるべき時期にきている」と話した。
松下教授は、こうしたパフォーマンス評価に加えて、学習者自身が作る評価の重要性を主張する。高槻中学校・高等学校には、学年末に「学修インタビュー」という取り組みがある。ここで、生徒は1年間の学び(授業や部活動、家庭学習など)を振り返ってまとめ、発表し、それに対し保護者・担任教員が質問(インタビュー)やアドバイスをするという。
松下教授は、「1年間の学びを振り返って、他者のアドバイスをもらいながら自己評価をするという、この取り組みは、メタ認知を働かせ、学習を自分のものとする上で有効だ」と指摘する。
最後に松下教授は次のような言葉で締めくくった。
「学習の評価(Assessment of Learning)、学習のための評価(Assessment for Learning)、学習としての評価(Assessment as Learning)という3つの『評価』の機能を表す表現がある。これらの機能を通し、学習の当事者意識(Ownership of Learning)を高める機会にすること、そして学習は自分で作っていくものなのだという意識を学習者自身にもたせること、こうしたところに評価することの意義があるのではないでしょうか」
※本文中の所属・役職などは開催当時のもの
※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。