未来のマナビフェス2019 実施報告vol.14見える化をきっかけとした学校づくり
登壇者:中原淳(立教大学)
「みなさんおはようございます!」中原淳氏の挨拶とともに、活気溢れるマナビフェス2日目の朝は始まった。働き方改革、探究型学習にカリキュラム・マネジメント。新しいキーワードが溢れ出てくる変革期に、学校はどう変わっていったらいいのだろうか。「見える化」を切り口に、中原氏のセッションは会場を巻き込みながら展開された。
学校を組織ぐるみで変えていく -素手で戦うな、戦略を練れ!-
中原 淳 先生(立教大学)
変革期にある学校に課せられた課題は膨大だ。教員が一人で取り組もうとして対応できるものではない。質の高い特色あるカリキュラムを持続可能な形で実現させるためには、学校が組織ぐるみで対応していかなければならない。
かといって、学校が組織的に動くのは難しい。学校特有のフラットさは「みんな違ってみんないい」という雰囲気を作り出す。そうなると、組織ぐるみの同意を取ることは難しくなる。また、教員一人ひとりの持つ専門職としての「信念」も、時には対立を呼ぶ。そしてそもそも、人は変化が好きではない。変化、変革という言葉を聞くと不安になり、自己防衛ルーチンが駆動する。中原氏は、「こうした土壌の上に組織ぐるみの変化をもたらすのはとても難しい。難しいから、組織づくりの学である組織開発論・組織変革論の知見を参考に作戦を練る必要がある」と語る。
組織開発論・組織変革論の知見の中で、組織を変えるために、まず取り組むべきは、課題を見つけるための調査をすること、そしてその調査に基づいた対話と合意形成を行い、目標が共有されたメンバーでチーム(=変革推進力)を作ること。事実をもとにお互いの認識を擦り合わせる。見える化できないものはマネージできない。また、見える化しないものは、対話はできないのである。
学校に特化した組織開発論は、次の4つのステップに集約される。
- 見える化
- 意識合わせ
- 対話
- ビジョンの実践
この4つのステップの中で一番大切なのは一番目の「見える化」だ。信念を持つ専門職がフラットに働いている学校では「見える化」したものがないとそれぞれが言いたいことを言い、議論の焦点が定まらない。そこで「見える化」したデータを差し出し、対話のきっかけとする。
セッションでは、この4ステップを実際に行った大学と高校、教育委員会の例が示された。
立教大学の実践例-教育改善をやめない-
大学はこの20年間変化に翻弄されてきた。2012年に出された「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~(答申)」以降は、教育の見える化を担当する部門(IR(Institutional Research))を学内に設置する大学が大幅に増えた。立教大学経営学部のビジネス・リーダーシップ・プログラム(BLP)も例外ではない。
このプログラムは、企業から経営課題をいただき行う初年次からのPBL(プロジェクト学習)に特徴をもつ、「リーダーシップ力」を高める必修授業。チームで貢献し合いながら働いていける力を育む。教育機関とリアル社会においては課題解決のルール、賢さの定義が違うということに着目して教育を行っているこのプログラムでは、学生が教育機関から企業へのトランジションを確実に歩むことをめざしている。
実践をやりっぱなしの状態にしないために、研究して「見える化」する機関、IRのラボが、学部レベルで立ち上げられた。経営学部ではIRがデータを集め、学生を巻き込んでそのデータを分析する。分析結果は合宿やゼミのネタにするなどして全学の関係者に共有する。教授会でも定期的に報告する。常に学生たちをモニタリングしながら、自分たちの教育の成果をチェックし、次に何を提供するかを考えていくのである。
IRは入学後の教育の質だけを見ているのではない。入試ルート別に見る学生の成績の分析も行っている。大学にとってどの入試を実施するのがよいのか、さらには学生が高校時代に身につけた能力なども見えてきた。データが増えてくれば、立教大学に入学すると伸びる学生が通う高校なども見えてくる。
また、「数字がすべてだというわけではない」と中原氏は説明する。数字だけではなく、ブラインドフィードバック、観察、二次的なデータなど、数字以外の方法でもデータをとる。数字が問題なのではなく、複数人が同じものを見て議論できるかどうか、というのが大切なのだ。学生が成長する限り、新しい学生が入ってくる限り、課題は出てくる。だから教育改善をやめない。「課題をしっかりと見つめ、教育改善をやめないというのが大切。こうして大学が変わっていくと、大学は教育を提供する機関から成長支援を行う機関へと変わっていくかもしれない」と中原氏は指摘する。
みんながうすうす感じていたことを「見える化」する-対話が可能な環境に-
高校ではどうだろうか。河合塾グループの日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)と中原研究室が共同で行っているマナビラボ・プロジェクトでは、3種類のアンケート調査を用いて「見える化」を実践する「学校の見直しツール」を開発した。ここで紹介するA校では、1.日々の授業をチェックする、2.学校の未来を構想する、という2つの目的で、前述のツールを使った「見える化」が行われた。
授業のチェックに関しては、個々の先生方が担当する授業の評価が行われた。授業評価と言うと「評価されるのか」とげんなりする先生方もいるかもしれない。でもこれはあくまで成長の鏡。「自己認識と他者からの認識のギャップを見るだけのことであり、それを使うかどうかは自分の判断」と中原氏は説明する。
授業評価と並行して、クラス別の学級風土を確認する作業も行われた。ホームルームの風土が成績に与える影響は大きい。ホームルーム運営も、場合によっては変わるきっかけになる。また、教科ごとのカリキュラム・マネジメント実施の差も「見える化」した。みんながうすうす思っていても言えないことが多い中、「見える化」された資料があれば対話のきっかけにすることができる。学校の未来を構想する際、みんなが向き合うことのできる共通した課題を据える必要がある。「見える化」されたデータは、その共通課題になる。「見える化」があるから具体的になる。「見える化」があるから考える。組織変革の一丁目一番地は、「見える化」なのである。
カリキュラム・マネジメントと働き方改革はセットにして考える
教育委員会の例も見てみよう。今、教育委員会では特色あるカリキュラム作りに加え、働き方改革の推進も求められている。「時間が削減されるのにどうやったらカリキュラム・マネジメントができるのだ」と、一見矛盾しているように見えるこの2つ。実はセットで考えるべきなのだ。働き方改革では必然的に「何を残して何を削るか」という議論になる。その際、「この学校でどんな生徒を育てたいか」というポイントを明確にするようカリキュラムをマネジメントしていけば良い。
横浜市教育委員会と中原研究室は研究テーマに「働き方改革」を取り上げ、共同研究を行ってきた。この事例を見てみよう。横浜市でもまず「見える化」が行われた。ほとんどの場合は労働時間に「キャップをする(上限を設ける)」だけの働き方改革が行われている。しかし業務を減らさずに時間に「キャップをする」のは大変危険。業務量を変えずに労働時間を削減するとやりがいは低下し多忙感は高まること、ストレスも健康不安も離職率も高まるが、学校への愛着は低下する、ということが「見える化」によってわかった。労働時間を減らすためには、時間制限を設けつつ業務量を見直すことが必要となる。
調査のための調査にしないために、調査から得られたデータを用いてツールややり方を提案した。実証実験が行われたO校では、コアチームを作り、先生方が自分たちで念入りに策略を練った。ワークショップを通して効果的にデータを共有し、すでに学校が行なっている良い取り組みの持続可能性を問うかたちで教員全員が実践できるアクションプランの案を考えて発表した。結果、1か月で月の残業時間が80時間を超える先生の割合を大幅に減らすことができた。横浜市では、O校のような学校をまず80校に広げ、さらには新任校長研修を通して500校にまで広げようとしている。
学校は組織ぐるみで変わっていかなければいけない。その際、作戦を練っていくことが大切だ。未来の教育は「実践」と「データ」がセットになるだろう。ただしデータは万能ではない。データは正解を教えてくれないし、限界もある。納得解を出すのは対話であり、データは対話の前提を作るものでしかない。
中原氏は今日のポイントをそのようにまとめ、「『見える化』をきっかけに未来を語る学校こそが躍進する」というメッセージとともにキーノートセッションを締めくくった。
※本文中の所属・役職などは開催当時のもの
※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。