未来のマナビフェス2019 実施報告vol.3Student Agency ~生徒の主体性を育てるために~
登壇者:吉野明(鷗友学園女子中学高等学校)、前田秀樹(高槻中学校・高等学校)
佐野和之(かえつ有明中・高等学校)
生徒の主体性とは何のための主体性なのか。本セッションは主体性を「Student Agency」というOECDが提唱する「自ら考え、主体的に行動し、責任を持って社会変革を実現していく力」として定義する。「社会とつながる主体性」の育成に挑戦する3校から先進的な実践事例が紹介され、その後「生徒の主体性が発揮できる学びの場」について参加者同士が考えを深め、対話する時間が持たれた。
Student Agency -複雑で不確かな世界を歩むために不可欠な力-
本セッションの司会を務める前田秀樹氏より、まずセッションのテーマである「Student Agency」について解説があった。OECD Education 2030プロジェクトによれば、Student Agency とは、「自ら考え、主体的に行動し、責任を持って社会変革を実現していく力」であり、これを発揮するためには「教師や仲間、家族、コミュニティなど幅広い関係性を認識する必要」があるとする。生徒個人や学校が広い社会的文脈の中で双方向かつ互恵的な協力関係を結ぶことの重要性が示された。
吉野 明 先生(鷗友学園女子中学高等学校)
次に、吉野明氏より、今後、多くの職業がAIによって代替される社会が到来するにあたり、AIに代替することができないスキルとして「社会情動的スキル」の重要性が示された。「社会情動的スキル」とは感情をコントロールしながら他者と協働し、目標を達成するための力であり、Student Agencyの原動力の一つであるが、このスキルには自己肯定感も含まれる。ところが、日本の子ども・若者の自己肯定感が諸外国と比較して低いことが課題として認識されている。内閣府の調査では、自己肯定感は学校から社会へのトランジション期である20~24歳でもっとも低くなっており、このままでは自己肯定感が高い諸外国の若者と競争させられても勝つことが難しいのではないかと指摘する。吉野先生は、学校や親が思春期の子どもの自尊感情、自己肯定感の低下を招いてしまっているのではないかと警鐘を鳴らす。
主体的・能動的・多様性を包括したカリキュラム -鷗友学園の実践から-
吉野先生は、学校は学習指導面では多様な価値観を認める一方、生徒指導では教師の価値観を押しつける、そんなダブルスタンダードを生み出しているのではないかと批判的に考察する。鷗友学園では、この問題に対し、生徒指導と学習指導の双方において、教師が1つの正しさを教えるカリキュラムではなく、主体的・能動的・多様性を包括したカリキュラムを実践している。
女子校である鷗友学園では、社会情動的スキルの獲得をめざし、3日に1回の席替えやアサーション・トレーニングを実施し、自己肯定感の伸長につなげる。また、中学1年生の理科は生物だけにするなど、女子生徒が理解しやすい順番にカリキュラムを変更している。その結果、120名中約90名が物理を専攻し、女子でも物理ができる、やれば点がとれると自信を持つようになったという。また、鷗友学園では、教師が生徒を名前で呼び捨てたり、「ちゃん」づけで呼ばず、「さん」づけで呼ぶ。これは、教師も生徒も同等の人格であることの象徴であり、このような小さな取り組みからも自尊感情を育むことが可能であることを提案する。
このようなさまざまな自尊感情を高める取り組みの結果、BYOD(Bring Your Own Device:自分の持っている情報機器を学校に持ち込んで使用できる)が実現したという。学習指導で情報機器を使わせたいと思っていても、生徒指導でスマホを禁止するという対立が起きがちである。しかし、同じ教育目標へ向けて学習指導と生徒指導を行うこと、生徒を信頼することで、生徒が主体的に利用ルールを考えるようになりBYODが実現した。鷗友学園は、BYODをはじめ、正解が1つでない問いに生徒と教員が共に挑んでいる。
メタ認知を高める -高槻中学校・高等学校の実践から-
前田秀樹 先生(高槻中学校・高等学校)
続いて、メタ認知に焦点化した教育を実践する高槻中学校・高等学校の前田先生から報告があった。同校はSSHやSGHの指定を受け、アクティブラーニングにも力を入れる中高一貫教育校。「カリキュラム」を「生徒の学びの総体」という広義の意味で捉え、教育理念を共有しながら、すべての教職員が学校の特色を創り上げるカリキュラム・マネジメントを実践する。特に、資質・能力の3つの柱に加え、「メタ学習」を加えた4次元教育が特徴的である。「メタ学習」では「どう省察し、適応していくか」を重視する。
では、このメタ学習をどのように促すのか。高槻中学校・高等学校では、4年前から「学修インタビュー」というユニークな取り組みを始めている。「学修インタビュー」とは新しい形の3者面談であり、生徒自身が「学習」「生活」「課外活動」「その他」の領域において自身の学びを振り返り、その結果を担任と保護者の前でプレゼンテーションするというものだ。
もう1つの特徴的な活動は、学習委員の活動である。これは、集団でメタ学習を促すことを意図した活動で、具体的には中2の学習委員会から中1の生徒へ「学びのすすめ」として勉強法を紹介したり、アクティブラーニングの公開授業を参観し、事後の研究協議にも参加し、コメントをするなどの活動を行う。研究協議に参加した生徒のコメントには、「学習は自分ですすんでするもの」「意見を出し合うことで考えが深められる」などアクティブラーニングの本質を捉えるものが多くあった。最後に、前田先生は「学力が高い生徒ほど『学習の捉え方』に対する得点が高い」という調査結果を引用し、学修インタビューや学習委員の活動によって生徒が学びに深く関わり、メタ学習を進めることで「学習の捉え方」によい影響を与えるのではないか、という仮説を提示し、話を締めくくった。
主体性を育む教科「プロジェクト」 -かえつ有明中・高等学校の実践から-
佐野和之 先生(かえつ有明中・高等学校)
最後の実践報告は、「プロジェクト科」という取り組みを推進するかえつ有明中・高等学校の佐野和之氏から。「プロジェクト科」は、「学び方を学ぶ」「自分の軸を確立する」「共に生きる」という3つの観点から構成される。システムシンキングやワールドカフェ、インプロ、マインドフルネスなど先進的で多様な手法を組み合わせ、主体的に行動できる人間へと成長できる基盤を育むことに挑戦する。この革新的な取り組みを始めるに際して、まずメンバーとなる教員が合宿をおこない、自分たちが大切にしたいこと、教師や学校の役割を共有することから始めたという点もユニークだ。
では、プロジェクト科では、実際にどのようなプロジェクトが実践されているのか。高校の授業でツバルという国を知った生徒たちが、この国をさらに知りたいとの思いからクラウドファンディングで70万円の資金を調達。夏休みを利用し、ツバルの小学校を訪問し、ワークショップを実施。彼らの活動が首相の耳に入り、首相官邸での対談までもが実現した。帰国後も、各地で報告会を実施し、現地から学んだ「今この瞬間を生き切ることの大切さ」と現地の危機について日本の方々に伝え続けている。これら一連の行動はすべて生徒が自主的に動いているもの。プロジェクト科では、かえつ有明中・高等学校の教育理念である「生徒一人ひとりの個性と才能を生かして、より良い世界を創りだすために、主体的に行動できる人間への成長できる基盤の育成」を体現した生徒が育っているのである。
最後に、佐野先生のファシリテーションで、参加者同士の対話の時間が持たれた。教師として「生徒に主体性を発揮させるにはどうしたらよいか」と考えがちであるが、「〜させる」と考えてしまっている時点で主体的ではないのではないかと疑問を投げかける。会場では、3人1組になり、まず「自分自身の主体性が発揮された」と感じた経験について共有し、その後「先ほどの話し合いの中で、自分の主体性が発揮されていたとしたら、それはどんな場面だったか。何が主体性を発揮させていたと思うか」を振り返った。そして最後には、「生徒の中に主体性を見つけたり、発揮できる学びの場を作るにはどうしたらよいか」という問いを参加者全員で探究し、それぞれが学校や職場で今日の学びをどう生かせるかを語りあう時間となった。
※本文中の所属・役職などは開催当時のもの
※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。