未来のマナビフェス2019 実施報告vol.11体験型授業における学びをキャリア形成につなぐ
登壇者:児美川孝一郎(法政大学)、淡河由満子(元 法政大学)
大学と社会の接続が重視されるようになってから、大学ではProject Based Learning(以下 PBL)やインターンシップといった体験型授業が多く開講されるようになった。本セッションでは、体験型授業の何が学生のどのような成長を促すのか、またその成長はどこにつながっていくのかを改めて考える機会が提供された。
体験型授業の広がりとそれに関連する4つの課題意識
児美川孝一郎 先生(法政大学)
冒頭で法政大学の児美川孝一郎氏は、セッションの目的は大きく2つあると話した。1つは、自身が大学教育の当事者としてかかわっている法政大学キャリアデザイン学部での体験型の授業において、学生たちがどのように成長し、どのような変容が見られて、そのことが彼らのその後のキャリア形成にどのようにつながっているのかについて確認すること。もう1つは、いわゆるインターンシップやPBLなどの体験型授業のあり方について、改めてセッション参加者と考えたいということだ。
また、セッションの目的を2つにした趣旨を自身の課題意識と関連させながら述べた。
「近年の大学教育は、インターンシップとPBL流行りだと感じています。就職活動としてのインターンシップだけでなく、正課の教育としてもインターンシップがあり、PBLの実施もとても多いと感じます。こういった状況は、インターンシップやPBLの教育効果への期待が高いということの現れでもあると感じています。」しかし一方で、「学生を外に出して外の人に『もんで』もらわないと成長させられないのか、裏返せば、従来型の大学教育には学生を成長させる力がないのかと考えてしまいます。」
児美川氏は、自身のそのような意識は「インターンシップとPBLの流行への違和感」だとも語った。その違和感は、上記のような従来型の教育の成果に対することだけでなく、インターンシップやPBLが大学の専門教育と関連付けられておらず、学部の専門性が活用されない内容であったり、何の力もつけさせないままの「飛び込み型」の体験学習になってしまったりしているという状況に対する問題視でもあるようだ。また、体験型授業は、受けたい学生は受講するが、そうでない学生は受講しないという傾向が見られる中で、体験型授業を教育課程の中にどのように位置づけるかということに対する課題意識でもあろう。
体験型授業の流行への違和感に続き、現状は体験型授業の効果が把握できていないという課題があると言う。「やりっぱなし」ではダメだと多くの人が感じ、事前・事後の効果測定は行われることが多い。しかし、事前・事後の効果測定だけでは、何がその変化を促したのか、なぜ変化したのか、その変化は持続するのかなど、わからないことも多い。教育の効果を上げ、再現可能なものにするためには、「学生の変化」が体験そのものの効果なのか、体験を振り返ることの効果なのかなど、細かな検証が必要である。さらには、体験型授業がその後のキャリア形成につながっているのかという検証も必要であろう。つまり、児美川氏は、体験型授業が拡大していっているにもかかわらず、その教育効果についてあいまいな状態であるということに警鐘を鳴らしているのである。
次に提示されたのは、2020年から順次スタートする新学習指導要領と関連した課題であった。新学習指導要領では、中等教育卒業までに子どもたちに身につけてほしい資質・能力が3つの柱で整理されている。従来の学習指導要領では、知識や技能を身につけ、それを活用する力をつけることを目的としていた。新学習指導要領ではさらに「どのように社会・世界とかかわり、よりよい人生を送るかという、学びに向かう力」という新たな要素が加わってきている。もちろん、中等教育までにその力が身につけられるのかは今後の課題ではあるが、その力をつけることを目標にして教育しようとしていることは事実である。一方、大学教育では、知識や技能の獲得とそれらを活用できるということで留まっていて、大学教育が中等教育までの教育よりも遅れていってしまうのではないかという危機感を示した。
児美川氏が最後に挙げたのは、大学教育における学生の育成に関連する課題であった。大学教育では、専門性とともに社会に出ていく力も育成する必要がある。専門性の獲得については、専門科目を体系的に積み上げて学んでいくこととゼミや卒論などの統合する学びによって実現できるであろう。一方、社会に出ていく力の場合は、学生の成長や変化を促す「エンジン」を駆動させることが非常に大切だという。「エンジン」をかけるような科目を実施することで、それが正課の内外での学びに波及し、カリキュラム全体で学生を育てることになる。現在の大学教育はそのようになっているのか、という問題提起であった。
体験型授業の例「キャリアサポート実習」の内容
淡河由満子 氏(元 法政大学)
次に、2013年度から2018年度までの5年間、法政大学キャリアデザイン学部のキャリアアドバイザーを務めた淡河由満子氏より、キャリアデザイン学部の2年生を対象とした体験型選択必修科目「キャリアサポート実習」に関して報告がなされた。
「キャリアサポート実習」は、他者のキャリア形成支援に必要となるコミュニケーションスキル「聴く・話す」など「他者とかかわる力」を身につけること、学内外において他者のキャリアを支援する活動を通し自身のキャリア意識を強化することが目的だという。20名のクラスが5つあり、各クラス教員1名とキャリアアドバイザーで授業を担当するが、基本的に5つのクラスすべてで同じ内容の授業が通年開講で行われる。
主に4~5人で行うグループワークがデザインされ、さらに年に3回の実習が盛り込まれた体験型授業である。前期では「聴く・話す」といったスキルを育成し、グループワークによってキャリア教育プログラムを作成し、学部の1年生に対して実施し振り返る。後期には、高校生向けのキャリア教育プログラムを作成・実践し、高校実習にでかけたうえで振り返るというのが主な内容であるという説明があった。
シラバスを見る限り、「キャリアサポート実習」は、体験≒実習に必要な力を事前に育成したうえで、キャリアデザイン学部の学生が専門性と関連させながら、学生の成長や変化を促す「エンジン」を駆動させることを狙いとした科目になっていると思われた。
体験型授業の効果 -「キャリアサポート実習」における教育効果
「キャリアサポート実習」を受講した学生がどのような力を身につけられたのか、また、受講によってどのように変化したのかについて淡河氏が行った検証では、以下のような知見が得られている。
コミュニケーションの知識とスキルを学び、グループワークによって実践することを通じて、「話し合いで人の考えを引き出す努力をする」などのスキルが身につけられる。しかし、測定したスキルのうち中間(前期の終わり)での伸びは確認できるものの、中間と終了時での変化が見られないというスキルも多く存在していた。この検証結果は、何によって何が変化したのかという児美川氏の課題意識「体験型授業の効果の把握」につながるものである。前半の講義・実習の中でコミュニケーションのスキルを学び、実践することで一定のスキルの獲得・伸長が起こっていると考えられる。
また、授業での変化が学生生活に影響を及ぼしている事例も紹介された。例えば、この「キャリアサポート実習」で身につけた力を他の授業で活用しようとしたり、新たな専門領域の授業を受講しようとしたりするなどの行動が見られたという。淡河氏はこのような学生の変化について、自己のキャリア形成を主体的に考え、開拓していくというキャリアデザイン学部がめざす力を授業によって獲得できたことの現れではないかという考察を加えた。この考察は、授業における学びが持続するのか、さらには他の学びに波及するのかという課題につながるものであろう。
一方で、検証結果からは授業運営の課題も見えてきたという。例えば、5クラスで同じ授業が展開されているものの、クラスによってスキルの伸びに差が見られたことは課題の一つである。担当する教員やキャリアアドバイザーによる多少の進行の違いやフィードバックの差によって、効果の差が生まれる可能性があるとの指摘がなされた。
体験型授業をどのように位置づけるか
最後に児美川氏は、現状の体験型授業流行りについて再度以下のように述べた。
「PBLだから意義がある」とか「インターンシップだからすばらしい」というわけではない。大学には、ディプロマ・ポリシーを達成するためのカリキュラム・ポリシーがあって、それにのっとって教育を行っているはずである。しかし、実際必ずしもそのような教育になっていないという気がしている。PBLやインターンシップがディプロマ・ポリシーを達成するためのどのパーツを埋めているのか、何のための体験型学習なのか、体験型はどんな能力を高めるために有効なのかといったことを常に意識していかなければならないのではないか。
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