作問のひろば 実施レポート生徒が伸びる問題づくり -化学編-
2021年3月20日 実施
2022年度から実施される高等学校新学習指導要領。化学では、「観察、実験などを行い、科学的に探究する力を養う」「化学の成果が様々な分野で利用され、未来を築く新しい科学技術の基盤となっていることを理解させる」といった、思考力・判断力・表現力を育成する際の留意が求められている。では、そのような力は、どうやって伸ばしていけるのだろうか。
そこで、今回は、その一つの手段として、生徒が解く「問題」を追究することとした。作問のひろば『生徒が伸びる問題づくり-化学編-』と題して、河合塾化学科の今枝 洋一(いまえだ・よういち)・早川 和則(はやかわ・かずのり)の2名の講師と一緒に、大学入試レベルの問題をつくっていくワークショップ型イベントを企画・実施したのである。
なお、オンラインでの協働的な作問ワークショップとしては、今回が初めての試みである。同様のテーマのイベントとしては、2019年に「対話を通して、思考力・判断力・表現力を測る問題をつくろう!-地理編-」というテーマでワークショップが行われている。本イベントも、当初は地理編と同様、実際に先生方に集まっていただき、対話を通して作問を体験するという形式で企画していた。しかし、昨年から続く、新型コロナウィルス感染拡大の中、リアルでの実施が見送られ、改めて、オンラインでの開催に踏み切ったものである。
プログラム
- レクチャー「生徒が伸びる問題とは? ネタの探し方」河合塾化学科講師 今枝洋一
- ブレイクアウト
- 質疑応答
- 作問体験1・・・問題原案作成
- 発表・意見交換
- 作問体験2・・・原案の修正
- 発表・意見交換
レクチャー「生徒が伸びる問題とは? ネタの探し方」河合塾化学科講師 今枝洋一
まず、レクチャーでは、河合塾 化学科講師 今枝 洋一から、生徒の思考力を伸ばす問題の条件や、模擬試験の作問プロセスの一部を紹介し、「生徒が伸びる問題」についての理解を深めていった。今枝先生は、「生徒が伸びる問題とは、未知の話題を扱ったり、生徒の身近なことに焦点をあてたりすることで、生徒はもちろん、作題者もワクワクする問題だ」と解説する。では、そのような問題をどのようにつくっていくのか。今枝先生自身の作問過程の事例をいくつか紹介しながら、その中でのネタの探し方として、3つのアプローチが紹介された。
- 典型的な問題にトピックスを付加する。
- 学術書・ジャーナル・検索情報をもとに全問を構築する。
- 疑問に思っていたことを問いにする。
レクチャーを受けて、参加者はブレイクアウトでグループに分かれて、気づきや疑問を共有した。「模試の作題で、『ワクワク』を意識しているというのは驚き」「ついつい教科書からアイデアを引っ張り出しがちだが、専門書や文献にあたるというのはいい」といった声が聞かれた。
ブレイクアウトの後は、チャットを使っての質疑応答である。「どんな生徒もワクワクする問題は難しいのでは?」という質問に対して、「ある程度は出来る生徒に向けてつくっているという点は否めない。しかし、身近な話題を持ってくれば、化学があまり得意でない生徒でも、頭に残ってくれると期待している。そこにチャレンジするのも、私の楽しみの一つ」と今枝先生は答えた。
作問体験1・・・問題原案作成
次は、いよいよ作問体験である。再度、3グループに分かれて、以下の3つの題材から1つを選び、生徒の思考力を育成する問題原案の作成に取り組んだ。
- 「オゾン層の破壊」(『現代化学』2018年4月号)
- 「鉛」(『現代化学』2017年11月号)
- 「進むチョコレートの物理学」(『現代化学』2017年3月号)
いずれも、化学専門誌『現代化学』(東京化学同人)の記事である。レクチャーで述べられた「学術書・ジャーナル・検索情報をもとに全問を構築する」を、そのまま体験するということだ。もちろん、記事の内容だけで問題を構成することはできないため、別の資料にあたったり、情報を検索したりして、発展的に構想を広げていく。調べたことやアイデアは、グループごとにGoogleスライドのワークシートに書き込んでいく。
題材を決めた後は、まずは個人で調べたり考えたりする時間をしっかりとるために静寂が続くグループもあれば、話し合いは続くがGoogleスライドには情報が残されていないグループもあり、進め方はさまざまである。今枝先生とTAの早川先生もグループを巡回し、進行状況を確認しながら、問題の大まかな構成や内容を検討していった。
その後、一旦メインルームに戻り、各グループから問題原案を発表し、意見を交換する。
ルーム1とルーム3は「進むチョコレートの物理学」を選択した。どちらのグループも、生徒に身近な食べ物を扱うことで、「ワクワク」を促したいということだ。ルーム1は、「美味しさの追求」をテーマに、ココアバターに含まれる油脂分子トリアシルグリセロールの分子構造を予想させ、さらに6つの結晶多形のX線回折のうち1つのグラフの波形を類推させるという方向性を考えた。
一方、ルーム3は、融点と分子構造やパッキングの関係などの知識を問うたうえで、結晶構造から密度の計算という方向性で考えているが、発展的な問いとして、創薬でも注目されている結晶の安定性や、温度とパッキングのコントロールなども検討していた。同じ素材をもとにしていても、やはり問題の方向性が異なってくるのがおもしろいところだ。
ルーム2は、メンバーの1人の先生が、次年度の3年生の授業が無機分野から始まるということで「鉛」を選択。教科書ではあまり扱われない鉛の製錬について、他の金属などと比較しながら、なぜそのような製錬方法になったのかを探るような問題を検討していた。
また、意見交換では、作問に限らず、知識の羅列になりがちな無機分野をどう教えるかというところまで話が展開していった。
作問体験2・・・原案の修正
この意見交換を踏まえて、あらためてブレイクアウトでグループごとに問題案を修正し、最後に修正案の発表と意見交換があった。
今回のワークショップで取り組んだのは、問題作成の意図・方針や構成といった設計段階までで、実際に問題文に落とし込むまでには至っていない。TAの早川先生からも「これから、具体的に問題に落とし込んでいくと、また悩むところも出てくる。せっかくここまで出来たので、問題を形にするというところまでチャレンジしてほしい」とメッセージが送られた。
イベントを終えて
今回、初のオンラインでのワークショップ型イベントということで、参加者同士のブレイクアウトでのグループワークがうまく進められるのか、企画者側としても不安なところはあった。しかし、どのグループのスライドにも、さまざまなアイデアが散りばめられながら、検討していったプロセスが残っていた。
さらに、2回目の意見交換では、グループを越えて参加者からアイデアが出てくるということもあった。複数人が協働して作問すること自体が初めての経験だったという参加者もいて、先生方自身も「よく調べてみないとわからない」という作問のネタに対して、「なぜ」と考えながら、問題を設計していく、そのワクワクを感じていただけたのではないだろうか。このワクワクを問題の形に入れ込むことが「生徒が伸びる問題づくり」の一手になる。それは、また次の機会に追求したい。
※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。