未来のマナビフェス2019 実施報告vol.6高校生の探究をデザインする~教育課程と社会が手をつなぐ未来の当たり前をめざして~
登壇者:今村久美(認定特定非営利活動法人カタリバ)
南郷市兵(福島県立ふたば未来学園高等学校)
探究がキーワードとして唱えられている今、学校外コミュニティとの協力方法は教育現場で最も議論されていることの一つでもある。本セッションでは、学校の外から探究の場を仕掛ける認定NPO法人カタリバと、地域との連携を通して高校生に探究の場を提供し続ける福島県立ふたば未来学園の報告が会場へのボールとなり、セッション終了後も盛り上がりが続くほどの活発な議論が展開された。
潜在する特権階級への気づき -学校の外から教育を変える-
今村久美 氏(認定特定非営利活動法人カタリバ)
セッション前半は、今村久美氏から投げかけられた質問に会場が答える形で始まった。会場内に集まる250人もの参加者は、立場も抱える課題も異なる。今村氏はその多様なニーズに応えるように、自身の経験を会場に共有する形でセッションを進めていった。
「私は日本のへそと呼ばれる岐阜県の高山市で生まれ育ちました。女の子は高校を卒業したら銀行に就職して、窓口に座る。それがかっこいいと思われているような地域です。そんな田舎から出るには大学生になるしかない。模擬試験も受けたことがなかった状態から一念発起してAO入試合格をめざしました」。
今村氏は見事、慶應義塾大学に合格。入学後、出会った学生たちは自分の知りたいことに対して一生懸命学んでいる人たちばかりだった。「好きなことに夢中になるように、『フロー状態』で学ぶ人がいるのだと、大学に入ってはじめて知りました」。
しかし、成人式のために帰省した際、地元の友人達との会話を通してこれまで見えていなかった格差の存在を思い知る。自分が大学で出会った人たちは生まれた時から見えない特別な権利をもつ特権階級であり、田舎で生まれ育った人たちとは立っている場所が全く違う。楽しい大学生活を送る東京の友人達はその潜在的な特権には気づかず、自分一人の努力でそこに立っていると錯覚していた。対して特権を持たない人たちは、自分とは違う経験をしている人たちとは出会えない環境の中で育っている。今村氏はこの気づきをきっかけに、この分断された2つの世界をつなぐような教育を提供したい、と強く思うようになる。
今村氏がまず目をつけたのはキャリア教育だった。「やりたい仕事を選んでそれをめざす」当時のキャリア教育は、多くの高校生が自分の存在意義を見いだせない中で行われていた。問題は自分のなりたい職業を見つけることではない。職業を考える前に、どんな環境にいても自分には未来をつくり出せる力があるということを自覚し、その上で自分の人生をどのように使っていきたいのか、を考えさせる教育が必要なのだ。
今村氏はカタリバの持つキャリア教育の方針をこう語る。「好奇心、楽観性、柔軟性、持続性を持って、リスクを取りながら色々なことに向き合ってほしい。未来のキャリアではなく今起きていることを大切にしてほしい。その中で偶発的なことがチャンスに変わるのだということを知ってもらいたい。これがカタリバのキャリア教育のスタンスです」。
この方針のもと、カタリバでは高校生に「探究心に“火”を灯す、無責任に自分をさらけ出すことのできる大人」と対話する機会の提供を行ってきた。今では自己肯定感やきっかけ格差、貧困や不登校、災害などをキーワードに、全国各地でカタリバのプロジェクトが行われている。
学校と社会の境界線をとかす -カタリバの次のステージを体現するふたば未来学園-
課題を設定してそれに取り組んでいくような探究型の総合学習の中で、一手間かけて経験学習をプラスしていく。大人主導のお飾りPBL(プロジェクト学習)とは一線をおく「マイプロジェクト」の普及に力を入れている現在のカタリバ。2001年から「学校に社会を運ぶこと」をテーマに、プロジェクトを届ける形で活動をしてきた。震災後は、社会と学校が共同するプロジェクトに取り組んでいる。次のステージは「学校と社会の境界線をとかすこと」。その実践例として、福島県のふたば未来学園が紹介され、セッションのリードマイクは南郷市兵氏へと託された。
南郷市兵 先生(福島県立ふたば未来学園高等学校)
今村氏の大学時代の先輩だと言う南郷氏。2011年の震災時は文部科学省に勤めていた。震災後に福島県へ国の担当として通ったのが、ふたば未来学園の出発点だった。その時を振り返りこう語る。
「これまでの教科書、価値観、社会のあり方を変えていかなければいけない、と思いました。今までの延長線上で解決できる問題ではない、と。開校時に、校長の案をもとにみんなで学校運営ビジョンを考えました。あえて復興という言葉を使わず、“自らを変革し、地域を変革し、社会を変革していく『変革者』を育成する”という素晴らしい教育目標ができました」。
しかし、開校後に待っていたのは教育目標を意識できないほどの、目の前のことに追われるばかりの日々だった。これではダメだと教職員全員で集まり、より具体的にビジョンを議論した。3か月かけてみんなの意見を整理して作成したのが人材育成要件のルーブリックだ。
このルーブリックがふたば未来学園のすべてだと、熱のこもった声で南郷氏は語る。「震災後、コミュニティでは原発についてぶつかることが多く、子どもたちもそれを目にしていた。ルーブリックを作る際、「対立して論破しようとするのではなく、温かさを持って受け入れることのできる人になってほしい」という声は、多くの教員から出ました。それから、「逃げずにチャレンジする、責任を果たしていくような姿勢も持ってほしい」という声も。このルーブリックができた時、教職員は初めて変革者を育成する、という教育目標を自分の言葉で言語化できたのだと思います」。
探究学習を学校の中核に -新学習指導要領下でも探究が核になる-
ふたば未来学園では、ルーブリックで示した力を育成するための核として探究の時間を設けている。高校生は震災の時にまだ幼く、大人がどのようなことに直面したかも知らない世代。そこで、まずは2日間かけてバスツアーで課題を抱える地域を視察する。その後、チームで行き先を決めてインタビューを行う。役場や東電などに今の課題を聞いて回る。それを演劇の台本にまとめて表現する。「東電が憎い」と入学時から言っている生徒もいる一方で、家族が東電に勤めている生徒もいる。そうした中、チームを組んで、地域にある課題を多面的に見つめていくのが1年生。
1年次に見つめた地域課題を踏まえ、2・3年次の合計6単位では実践に取り組む。中には、「制服が可愛いから」という理由で120キロ離れた地域から入学した生徒もいる。この生徒は、1年次のバスツアーや、地元の友達からの「双葉郡って、いいところあっても放射能じゃん」という言葉が起爆剤になり、地域にある問題を他人ごとから自分ごとに変えることをめざして、地域交換留学を実施した。
ふたば未来学園では、大学を選択する際にも「こういうことをやりたいから、ここに行くんです」と言える生徒が多い。その背景を、南郷氏はこう説明する。「半年に1回自己評価を実施し、3年次春にはエッセイの執筆と個別添削・面談を行います。これは、探究の軸を言語化するとともに、生徒が自分の生き方・あり方を見つめる機会にもなっています。自分がやってきた探究と将来の自分とを紐付けて、今と未来の自分を重ねて考える仕掛けを組み込むよう工夫しています」。
ふたば未来学園には、教科を問わず全教員が探究学習をサポートする体制がある。そして開校当時からサポートをしているカタリバのスタッフも常駐体制にあるという。
この春には併設中学校が開校される。生徒にどのような力を身につけさせたいか、みんなで考える場にはごく当たり前のようにカタリバのスタッフの姿もあった。開校時にあった学校と学校の外にある垣根を越えて、一緒に子ども達の未来を考える体制ができている。
南郷氏は、新学習指導要領では、教科を超えた探究の時間がカリキュラム・マネジメントの中核として必要となってくると指摘する。「総合的な探究の時間」を学校のミッションを体現する時間として捉える際、ふたば未来学園の実践例を参考にしてほしいと、セッションを締めくくった。
※本文中の所属・役職などは開催当時のもの
※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。